安岡正篤「一日一言」三部作

B型人間の本棚


安岡正篤(まさひろ)という人をご存知ですか。




東洋哲学の大家で、平成という元号の考案者と言われている人でもあります。

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(画像はこちらからお借りしました)



安岡さんは多数の本を残していて、安岡さんを慕う人が安岡さんの教えを伝えている本もたくさんあります。


私も何冊か読んだことがあるのですけれども、今日はその中から「安岡正篤 一日一言」シリーズのご紹介です。


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安岡正篤 一日一言  安岡正篤 活学一日一言  安岡正篤 教学一日一言



1月1日から12月31日まで、1ページの半分で1日分の言葉となっていて、読みやすくなっています。読みやすいですが、書いてあることは奥が深いです。


例えば「安岡正篤 一日一言」、8月29日はこんな文章。

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9月1日はこんな文章です。

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この3冊の本に書いてあることだけでもその知恵は広く深く、まるで宇宙のような壮大さがあり、おそらく聞いたことも考えたこともないようなフレーズや視点があるはずです。


言わば人生訓を寄せ集めたものなので、もちろんまじめで真剣な言葉が並んではいるのですが、なんというか自由さというか大らかさというか、決して堅苦しいことばかり書いてあるのではありません。そこが魅力的なところでもあります。


私は最初に買った「安岡正篤 一日一言」はもう3回読んで、今4回目を読んでいるのですが、それでもなお新しい発見があってうならされるばかりです。


昔から知恵をひねり出すのに良い場所として「三上」というのがあって、「馬上、枕上、厠上(ばじょう、ちんじょう、しじょう)」と言われています。すなわち馬の上、寝床、トイレです。今は馬で移動することはないので、さしずめ電車やバス、飛行機などになるでしょうか。


そしてこの三上は、読書をするところとしても適したところであるというのも昔から言われています。


私も通勤の電車や寝る前はもちろんのこと、トイレにもいつも本を置いておきます。この安岡正篤さんの本も置いてあったりもします。

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(我が家のトイレ)



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(いつでも本が置いてあります)


安岡さん自身も、トイレで本を読むことを勧めています。いいのですよ、トイレは本をちょこっと読むのに。



これからだんだん涼しくなっていきます。秋の夜長の枕上に、こんな本もいかがですか。

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安岡正篤一日一言   安岡正篤 活学一日一言   安岡正篤教学一日一言


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「ピカソは本当に偉いのか?」-西岡文彦

今日は最近読んだ本の簡単なご紹介。


モノはこちら。

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ピカソは本当に偉いのか?」-西岡文彦



この、本の題名に「?」をつけてしまうあたり、今風な文章っぽくてとっつきやすいです。


内容のほうもさすがプロの美術評論家の文章だけあって多様な語彙に富んでるんだけど、やはり今風というか、新書ということで一般向けだからなのか、専門用語をなるべく用いずに、しかしながら実に達意の文章を書くあたりは感心させられます。

私の日記の文章のスカスカ感とは、全然違います(当たり前)




さて、内容の方も、冒頭付近から実に身もフタもない疑問文から展開していきます。


こちらはピカソのキュビスムの絵の第一弾として、それまでの絵と時代を画する作品となり、本書の内容の取っ掛かりともなっている、ピカソの「アヴィニョンの娘たち」という絵です。

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以下、本書の内容より引用(大字は私が勝手にやったことです)。


この「アヴィニョンの娘たち」に限らず、ピカソの代表作とされる絵画の前に立たされた時、多くの人は以下のような疑問を抱かずにはいられないのではないでしょうか。



1.この絵は本当に美しいのか?(どこが上手いのか?)

2.見る者にそう思わせる絵が、どうして偉大な芸術とされるのか?

3.かりに偉大な芸術としても、その絵にどうしてあれほどの高値がつくのか?




ちなみに、この三つの疑問には、それぞれと表裏をなすかたちで以下のような疑問が含まれているのではないでしょうか。



4.ピカソのような絵であれば、誰でも描けるのではないか?

5.そういう絵を偉大とする芸術というものは、どこかおかしいのではないか?

6.そういう芸術にあれほど高値をつける市場も、どこかおかしいのではないか?





ん~~~~~、実に身もフタもない、まさに「その通り!」という素人目線の疑問設定ですね。ここがまず素晴らしいです。



そして、本文の方ではピカソの人生や美術史の変遷を語ることにより、あの時代にあのタイミングであのキュビスムのヘンテコな絵を描くことが、いかに時宜にかなっていたかということが順序だって説明されています。


ピカソは決して、ただ単にへんてこりんな絵を描いたのではなくて、きちんとした計算があり、まずこのキュビスム第一弾の「アヴィニョンの娘たち」を描いたのだとか。しかし、当初はさすがに誰にも理解されず、発表したあの絵を隠してしまったというエピソードは、ピカソにも「恥ずかしさ」という人間らしい一面があったのだなぁという気がしますね。



上記6つの問いに、ちゃんと著者は解答を出しています。ただ、こういったものは正答というものはないものだとも思います。

それでも、ちゃんと納得性があり、腑に落ちる答えを著者の西岡文彦先生は用意しています。



ピカソは生きている間に自分の作品が売れて、莫大な富を築き上げることができた稀有な芸術家だそうですが、そうして芸術的、経済的に大成功を収めたピカソの人生は、果たして幸せなものであったのか?

その点についても、一応著者なりの解答があります。よかったら読んでみてください。





美術とかピカソとかに縁のないアナタに贈る知的興奮の書!

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ピカソは本当に偉いのか?


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ワーク・シフト

今日は久しぶりに読書日記ね。


モノはこちら。

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リンダ・グラットン著、

ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉




珍しく、図書館で借りないで買いました。
                               (おお、あのケチが)



しかし、これが活字が小さくてページに字がびっしり埋まっている上に、386ページもあるなかなかの本で、しかも、




(この部分はなくてもいいのではないか?)


(このフレーズはもう4回くらい出てきたのではないか?)





という、社会科学系の大著にありがちな冗長さでもってグイグイ攻め立てるなかなか厄介な書物でありました(読疲)



読書は私の4大趣味(山歩き、キス釣り、読書、HP・ブログ書き)のひとつなのですが、読むのは小説以外ならなんでもという感じです。


んで、ワタクシは、読んだ本の途中の文章で、(これは使えるな)と思ったものを、ケータイでメモして、Gメールに飛ばしておきます。


今回の「ワーク・シフト」は、なかなかメモすることが多かったですね。


メモした文章の最後に「ワーク・シフト」と書いておくと、後日Gメールで「ワーク・シフト」と検索すれば、メモしたものがずらりと並んで、自分の気になったところだけ読み返せるという寸法です。私はこのようにGメールを活用しています。


では、今回メモした文章の一部のご紹介。文章は、本文の趣旨を損なわない程度に変えてあるものもあります。



・時間に追われる日々を​避けるうえで最も有効​なのは、「第三のシフ​ト」だろう。消費をひたすら追求する人生を脱却し、情熱的になにかを生み出す人生に転換することである。



・ハーバード大学医学大​学院の研究チームは、​何千人もの人たちを対​象に、健康と幸福に関する長期の追跡調査を実施した。

それによると、最も幸福感が高いのは、最も裕福な人たちでもなければ、最も大きな業績を成し遂げた人たちでもなかった。

幸福感の高さと最も強い関連性が一貫して認められた要素は、親しい友だちがどの程度いるのかという点だった。

逆に、寂しさを感じている人は概して健康状態が悪く、しかも孤独の弊害は急速に周囲の人たちに伝染することがわかった。

専門家の間でも、肩の凝らない親しい人間関係は精神の健康と幸福に欠かせない要素と考えられてきた。



・学術的研究によれば、なぜ不幸せに感じているのかという研究者の問いに対して、余暇時間にテレビを見て受動的に過ごす時間があまりに長いという理由を挙げる人もいる。



・先進国が大倹約時代に​突入すれば、大量消費社会に終止符が打たれて、消費より、充実した経験を重んじる社会への転換が実現するかもしれない。



・世界の人々が漫然とテ​レビを見て過ごす代わ​りに、「ソーシャルな」活動に積極的に参加するようになる可能性もある。

新しいテクノロジーのおかげで時間に余裕ができれば、余暇時間に思考力と創造性を発揮して、持続可能性を重んじる文化を築こうとする動きが活発になるかもしれない。



・2025年の世界では​、共感の精神に目覚め​て、社会貢献のために自分の時間を捧げようとする人が何百万人も現れる。

ジョンのように貧しい国の人々を助けたいと考える人もいるだろうし、オンライン上に学習素材を公開する活動に自分の時間と専門技能を生かそうとする人もいるだろう。世界の人々を教え導いたり、相談に乗ったりする活動に取り組む人や、特定のテーマで政府や企業の行動を変えさせるためのロビー活動に打ち込む人もいるだろう。

ひとことで言えば、人々の共感の精神が強まり、家族や身近な人たちだけでなく、国籍や文化が異なり、一度も会ったことがない人たちの力になろうとする人が増える。 愛情と仲間意識と社交性と共感が人間の基本的な性質になっていくのだ。



・大量消費から充実した​経験への移行という「​第三のシフト」を実践​した人は、楽しい経験をすること、他の人と一緒に時間を過ごすこと、取り組みがいのある課題に挑むこと、価値あるものを生み出すことを重んじるようになる。



・商売を繁盛させるには​、自分を同業者から差​別化し、評判を高める​ことが不可欠だと、職人たちは誰もが知っていた。

独り立ちした職人は、はじめのうちこそ師匠の仕事をまねするが、じきに自分らしさを打ち出しはじめる。時間をかけて、ゆっくりと自分だけの特徴を磨いていくのだ。



・極めて高度な専門技能​を習得するためには、一万時間以上の訓練が必要だという説もある。



・哲学者のジャン=ポー​ル・サルトルも、仕事​とは意義を見いだすプ​ロセスであると位置づ​けた。

とりわけ、本当の自分らしさと個性を獲得することが重要だと考えていた。

サルトルによれば、私たちの職業生活で重要なのは、高度な専門技能に習熟するための深い経験だという。

自分らしさと個性はお手軽に身につくものではなく、努力して学ばなくてはならないからだ。

人間は自分の行動の総和にほかならず、意義ある人生を送れるかどうかは、意義ある仕事ができるかどうかに大きく左右されると、サルトルは考えていた。

マルクスとサルトルの思想に共通するのは、楽しさとやりがいを見いだせる要素と仕事を切り離せば、機械的な作業を単調に繰り返すだけになり、その人の本質をなす要素の一つが薄まって、自分らしさが失われると考えたことである。



・未来の世界では、グロ​ーバル化が急速に進み​、インターネットを通じて世界中の人々が日々新しい知識を仕入れるようになる。そういう時代に、大勢の人たちのなかで自分を際立たせるためには、なにが必要なのか。

その答えに気づいたのは、成功している企業について詳しく調べたときだった。

やっていることの多くは、成功企業も同業のほかの企業と変わりなかった。おおむね、業界のベストプラクティス(お手本となる手法)を取り入れているにすぎない。

しかし、成功を収めている企業には、それだけではなく、独特な要素、類いまれな要素が必ずあった。私たちは、そういう要素を「署名」と呼んだ。自筆の署名が他人にまねできないように、ライバルにはまねできない特徴的な要素を備えていたのだ。

それは、幹部たちが会議で協力しあう姿勢だったり、人材の採用選考の方法だったり、企業の組織構造や意思決定プロセスだったりする。



・CERN(欧州原子核​研究機構)における科​学者コミュニティの注​目すべき点は、メンバー一人ひとりが自分の貢献を人々に知らしめる方法が確立されていることだ。

実験データの特定部分に関して100人を超す研究者が共同で研究を進めているケースも多く、個人の手柄をアピールするのは難しい。

そこで、最終的に論文を発表するときは、執筆の過程で協力した全員の氏名を明記する。たとえ100人を上回るとしても、一人残らず、アルファベット順に名前を記すのがルールとなる。一人ひとりの貢献を明示することになっているのだ。



・社交的なイメージがあ​って気軽に近づきやす​く、互恵的に振る舞う人というイメージがあるので喜んで友達を紹介したくなる人は、ほかの人を引きつけやすい。

しかし、おそらくそれ以上に重要なのは、面白くて知的興奮を与えてくれる人と思われること、そして、自分にアプローチする方法をほかの人たちにわかりやすく示すことだろう。そのために、ツイッターを活用してもいいし、コメント欄つきのブログを開設してもいいし、動画投稿サイトにメッセージを公開してもいい。今後は、オンライン上で人々が活発に情報を発信するのが当たり前の時代になる。そういう時代には、単に普段と違う世界に足を踏み出すだけでは十分ではない。自分がどういう知的資産と専門性の持ち主かを広く知らしめることにより、人々を引きつけることが不可欠になる。



・未来の世界で自己再生​のコミュニティの土台​をなす要素の多くを、古代ローマの哲学者で政治家でもあったキケロがすでに指摘しているように、私には思える。

友人関係は自然に生まれるものではなく、エネルギーと時間を意識的につぎ込まなければ成り立たないこと。活力源となる友人関係の核をなすのが関心と価値観の共有であること。キケロはこうした点を2000年以上前に指摘していた。

自分と似た人としか友達になれないというのではない。友情が花開くためには、関心と経験を共有している必要があると、キケロは言いたいのだ。友情は、関心と経験の共有という土台の上に生まれて、相互の善意と愛情、対話の深まりを通じて強化されていく、というのである。





とまあ、こういう具合に、メモしとくわけです。実際には読み返さないことも多いのですが。


読み終わった本は、よほど気に入ったものでない限り、図書館に寄贈してしまいます。いつもさんざんタダで借りてるので、少しは貢献しないとね。


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ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉


B型人間の本棚

50歳を超えても30代に見える生き方

久々に本のご紹介。モノはこちら。


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50歳を超えても30代に見える生き方という本。


この本の著者の南雲吉則氏は「ゴボウ茶」を健康飲料としてススメている人で、メディアにもよく出るらしいです。


私はちょっと前に、この人が書いたゴボウ茶を飲むと20歳若返る! Dr.ナグモの奇跡の若返り術

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という本を読んで、ゴボウ茶のダイエット効果とアンチエイジング効果に興味がわき、実際にゴボウ茶をネットで購入し、飲んでみました。


すると、わずか3週間ほどでズボンがゆるゆるになり、3センチもウェストが縮んだのです。


ウソではありません、ホントなのです。そのあたりのことはこちらのページ(↓)にもうちょっと詳しく書きました。

ごぼう茶を飲んでダイエットとメタボ解消に成功した私の体験記





さて、そのゴボウ茶の南雲先生が最近また出したのが表題の本。


この本の中で紹介されていたことで、「ゴボウ茶を飲むと20歳若返る!」という本の中でも書かれていたのですが、先生は、



野菜や果物は皮ごと食べる



ということを推奨されています。


人間の皮膚と同様、野菜や果物の皮は、外界からの異物を遮断するバリアであるため、次のような効果が期待できるとのこと。


防菌・防虫効果

 表面に細菌やカビがついても中まで腐ることはありません。皮に含まれるポリフェノールには細菌や虫をはねのける効果があります。


創傷治癒効果

 表面を鳥につつかれても、何日かすると再び皮が張っているように、皮の部分には傷を修復する創傷治癒効果があります。


抗酸化作用

 リンゴの皮をむくと空気に触れて酸化し、数分で茶色く変色します。つまり、皮には酸化を防ぐ抗酸化作用があるのです。



てな感じ。



であるからして、



ニキビ・吹き出物、風邪・インフルエンザ、肌荒れ、胃腸トラブル・のどの荒れ、シミ・シワ



などに効果が期待できるとのこと。



う~~~ん; 確かに皮にはなんかいい成分があるのかもしれんが、果たしてそれを人間が食べたからといって、健康面での効果があるもんなんだろうか?



南雲先生は、みかんの皮も、むかないで丸ごと食べるんだそうです。


以下は本からの転載。

驚く人もいるかも知れませんが、私はリンゴの皮はもちろん、ミカンの皮も剝かずにいただいています。


「ミカンの皮なんて食べられるの」といつも聞かれるのですが、キンカンやユズも皮を食べていますよね?マーマレードも皮ごとです。


風邪をひくとカリンの皮の砂糖漬けをお茶にして飲むことがあると思いますが、これは防菌・防虫効果、創傷治癒効果が期待できるからです。


実際、中国ではミカンの皮のことを「陳皮(チンピ)」と呼んで漢方薬として用いてきました。いまも漢方薬の七割ほどにこの陳皮が入っているといわれています。昔の人はこうした皮の薬効を経験的に知っていたのです。





ほほう、みかんの皮が漢方薬だったとは。


しかし、この年になるまで、なぜかみかんの皮を食べたことはない。


アナタ、食べたことあります?




というわけで、私も食べてみることにしました。


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健康にいいことは、何でも試してみるタチなのです。



では、みかんを水でよく洗い流して食べてみましょう。




ガブリ。





もぐもぐ・・・






もぐもぐもぐ・・・






う~~~~ん;






これは、、、

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超~~~~~~苦くてマズイな。 (XX)ダメだこりゃ



このみかんの皮の苦さは、まさに



良薬は口に苦し



ということわざを地で行く苦さ。とても人間が食うものではない。やっぱり普通は食べないわけだ。


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やっぱむかなきゃ普通の人間には無理だよ。動物じゃないんだから。


しかし、健康のためと思えば食べられなくもない、かな・・・






日本国内の野菜、果物であれば、農薬は水で洗えば落ちるそうですが、輸入されたものは農薬が強力だったりするので、皮ごと食べるのはヤメたほうがよいとのことです。



野菜や果物は、皮まで食べる。我が家では、皮まで食べられる食材は、できるだけ食べるようにしてますよ。


というわけで、最近はキンカンなんかも食べてます。

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私の読書履歴はこちら。

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「東洋脳×西洋脳」~ 「仁」の語源

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最近、東洋脳×西洋脳―多極化する世界で生きるヒントという本を読みました。


脳科学者の茂木健一郎さんと、中国文学者の加藤徹さんの対談本。


お互いの専門分野が違うもんだから、自分の知らなかったことには2人とも「えっ、そうなんですか!?」と素直に驚いているところがおかしかったりします。そういう私は全編(へ~~~、そうだったのか)みたいな感じだったのですが。


んで、この本の中で私が一番(へ~~~~)と思ったのが、「仁」という字の語源。


最近は「仁」というドラマがとっても人気を博しているみたいですが、私はテレビは見ないので話の内容はわかりません。


仁といえば、孔子の教えである儒教の中でも根幹をなすもので、すなわち「思いやりの心」ですね。


この「仁」という字は、人偏(にんべん)に数字の「二」と書くわけですが、この本の対談者である加藤徹氏の解説によれば、



「人間が二人並んでいるときに自然に芽生える心が仁だ」



とのこと。



ふ~~~~~ん、



人が二人並ぶと仁が芽生える。



人が二人並んで仁。



うおおお~!知らなかったというか、気づかなかったな~~~、それは。しかし、そんなの初めて聞いたぞ。思いつきで言ってるんじゃないだろうな?


あとちなみに、中国は昔は「私」にあたる単語は100以上あったんだけど、共産主義になってからは、「封建主義的な身分階級や男女の性差を表す言葉は反革命的だ」ってことで、「我(ウォー)」一語になっちゃったんだって。


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東洋脳×西洋脳―多極化する世界で生きるヒント



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「自由訳 十牛図」と信濃川の津波

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今日は「自由訳 十牛図」という本を元に。


著者は、「千の風になって」の作詞などで有名な新井満さん。


十牛図というのは仏教の中の、禅の古典のひとつです。内容は、アマゾンの書評
を。




さて、私は先日この本を読んだのですが、この本のあとがきの中に、私にとってはとても衝撃的な事実が書かれていました。


新井満さんは新潟市の出身で、昭和39年、高校生のときに新潟地震を地元で被災します。


信濃川河口の石油タンク群が爆発炎上し、火の海となります。


市内を通る昭和大橋は崩れ落ちました。


高校生だった新井さんはその様子を信濃川のほとりで見ていました。


現実とは思えない光景を目にした新井さんは、更に不思議な現象を目にします。


その現象とは、




日本一の大河、信濃川の水が干上がってなくなっていた




というものです。



と、そこへ、海のほうから水が逆流してきました!



・・・・・・



そのときの様子が書かれた文章を、この本のあとがき部分から抜粋して紹介させていただきます。



 1964(昭和39)年、6月16日、私のふるさとである新潟地方を大きな地震が襲った。そのとき私は新潟市内にいて、高校3年生であった。市内の道路はいたるところで隆起陥没し、大地の裂け目から地下水が噴水のように噴き出した。

 日本最長河川の信濃川にかかった昭和大橋は、落橋した。河口に広がる石油タンク群は次々に爆発炎上し、360時間燃え続けた。

 (中略)

 私が通学していた高校の校舎は、信濃川の岸辺に建つ鉄筋四階建であった。私は校舎の最上階にいて、あのマグニチュード7.7の地震にあった。地震直後、信濃川の河水が一瞬干上がり、そこへ日本海の方から海水が津波となって逆流してきた。火攻め水攻めの中を命からがら帰宅すると、我が家は泥水の中に沈んでいた。

 さながら映画の「天地創造」と阿鼻叫喚のパニック&ホラー映画と地獄絵図を、いっぺんに見せられたような思いであった。しかしそれは映画ではなく、まぎれもない現実であったのだ。




・・・・・・・・・



 地震による現実とは思えないような津波と火災の様子は、今回の東日本大震災によって我々も目の当たりにすることとなったわけですが、私にとって、このあとがきの文章が衝撃的だったのは、実は、私も「信濃川の水が干上がった」光景を見たことがあるからなのです。




1983年の5月に、日本海中部地震という地震がありました。秋田県ではそのときの津波で100人以上の犠牲者が出ました。


地震が起きたとき、私は新潟市内の某中学に通う中学1年生で、ちょうどお昼頃でした。


校舎からプールを見ると、プールの水が大きく「ザッパンザッパン!」と波打っていたのを今でもよく覚えています。


地震が起きたのは1983年の5月26日、木曜日でした。


そして次の日曜日、5月29日のこと。


クラスの仲間6、7人と自転車で、新潟市から寺泊までサイクリングに行くことになりました。


そして信濃川のほとりの八千代橋のたもとに来たとき、私たちは驚きべき光景を見ることとなりました。




そのときの様子を、私のHPのB型人間的新潟の投げ釣り:浦浜海水浴場に以前書いたことがあるので、転載します。



 シーサイドラインといえば・・・ということで思い出したことがあるのでここに書き記すことにする(別に浦浜には何の関係もないのだが・・・)。

 私は中学1年まで新潟市内に住んでいて、その中学1年のときにクラスの仲間6、7人で「サイクリングに行こうぜ!」ということになり、思い切ってシーサイドライン経由で寺泊まで行くことにした。中学は万代橋や万代シティに程近い中学だった。


 サイクリングに行ったのは、1983年5月29日(日)のことだ。なぜ覚えているかというと、その頃、日本海中部地震があったからだ。

 5月26日(木)のお昼頃に結構な揺れがあり、学校のプールの水が左右にザブンザブン!とはじけていた光景を今でもよく覚えている。サイクリングに行ったのはその週の週末だった。

 仲間らとH自転車店(仲間の家)に早朝集合し、走り始めた。そしてわりとすぐの、信濃川にかかる八千代橋を渡ろうとしたときのことだ。そこには驚愕の光景があった。


 なんと、あの日本一の大河、信濃川の水が、干上がって無くなっているではないか!記憶違いでも夢を見たのでもないはずだ。河口付近から上流の昭和大橋のほうまで、スッカラカンに水がなくなっていた。水のなくなった信濃川の川底には、大きな50cmくらいの鯉などがピチピチと跳ねていたのを私たちは確かに見た。その光景は、今もってまぶたの裏に焼きついている。

 と、ちょうどそこへ、河口側から水が津波のように押し戻されてくるところだった。水の高さは30センチ~50センチくらいで、案外静かな感じだった。

 河口から押し寄せてきた水は私たちの前を通り過ぎ、魚たちを飲み込みながら関屋分水方面へと流れていった。大自然のスペクタクルを見た思いがした。


 ただ、あのことを思い出すたびに不思議に思うのは、信濃川の上流からも水が流れてくるはずなのに、どうして一時的にもすっかり川の水がなくなってしまったのか?ということだ。地震の前に海の水が引くことがあると聞いたこともあるが、そのような現象の一環だったのだろうか。


 そんな不思議な光景を見たあと、仲間たちとシーサイドラインを走った。シーサイドラインは1990年7月に無料化されたため、1983年当時はまだ有料道路だったはずで、P1の駐車場近くに料金所の跡がある。このページを書きながらそんなことを思い出した。





以上が引用です。


引用文の中にも書いたように、長年私はあの光景を思い出すたび、(あれは夢だったのではないか?)と思い起こすことがたびたびありました。


なにせもう30年近く前のことで、確かに見たはずなんだけれども、記録映像があるわけでもなく、当時の仲間ともすでに連絡を取ることもできず、あのことが本当に現実だったのか、自分自身信じ切れなくなっていたのです。


しかし、今回この本を読んで、やはり地震に絡んでそういう現象が起こることがあって、あの私が見た光景もやっぱり夢ではなかったんだと再確認ができました。


今般起こった東日本大震災においても、岩手県の宮古市では、潮位が下がったあとに大津波がきたそうで、その速度は時速115kmに達したそうです。


普段水があるべきはずのところに水がなくなっていたり、異常に水位が下がったときは、津波の可能性があるので気をつけたほうがいいかもしれません。



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  自由訳 十牛図



B型人間の本棚


遠藤ケイの田舎暮らしは愉快だ!

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今日は、遠藤ケイの田舎暮らしは愉快だ!という本のご紹介。


著者の遠藤ケイ氏は新潟県三条市の出身で、現在は三条市の旧下田村の、笠堀という山奥の人里離れた一軒家に住んでおられます。


この旧下田村は私の実家のある市のとなり村で、氏の住んでいる近くには笠堀ダムというダムがあり、中学時代にはクラス仲間と自転車で釣りに出かけたりしました。


この本は、著者が田舎暮らしをする中で、身の回りにある動植物や生活道具などについて語った本です。著者はいろんな生活道具を自作してしまいます。


う~ん、こういう暮らし、いいなあ。そしてまた、文章がいい。田舎暮らしのことを書きながら、ほろっとさせる。

こういう文は、私の中のどこを探しても出てきません。やはりプロの書く文章は味わいがあります。



本のなかから、「アユ」の項を一部抜粋して紹介させていただきます。


 春先の登りアユの奇漁を得意とする名人もいる。これは、

まだ水が冷たい川に下半身裸になって浸かる。下流に向

かって両足をVの字に広げて座る。そのままじっと待って

いると、アユが開いた足の内側を伝って上がってきて、股

の所でツンツン突っつく。そこを素早く手づかみにする。

うっかりすると、間違えて自分のイチモツを力いっぱいた

たいてしまう。これを「アユのチンたたき漁」という。実

に品性野蛮な漁ではあるが、邪気のない童の遊びに似て

楽しい。




う~~ん、チンたたき漁か。機会があったら、チンをたたかないようにやってみたい。



この本では、こんなことも書かれています。


 雪国では、雪に閉ざされる冬の間、薄暗い家の中でじっ

と耐えていると思うのは間違いだ。また、東北地方の人間

は、総じて寡黙で性格が暗いというのも偏見だ。

 雪国の人間は、本当は底抜けに明るい。境遇を逆手に

とって遊びに転化してしまう、したたかさがある。厳し

い自然を相手に落ち込んでいたら、一日も生きていくこ

とはできない。




うむ、確かに「北国の人間が総じて寡黙で性格が暗いわけではない」、というのは当たっているかもしれない。しかし、、、




>「雪国の人間は、本当は底抜けに明るい」





というのは、





ブラジルとかイタリアじゃないんだし、どうかな?




とも思うのですが。私自身は明るい性格だと思うけど、雪国だっていろんな人がいます。




私のコメントはどうでもいいんですが、単純に、雪国の、山奥の暮らしの春夏秋冬が書かれたこの本を読むと、こんな暮らしがしてみたくなります。田舎はええなぁ。



遠藤ケイさんの炉辺夜話しが聞けるそうです。こちら→NPOしただテラ小屋



  endoukeiinaka1.jpg

遠藤ケイの田舎暮らしは愉快だ!


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